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福岡高等裁判所 昭和38年(ナ)11号 判決

原告 米谷義徳

被告 熊本県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三八年九月二一日なした同年四月三〇日施行の熊本県球磨郡免田町議会議員一般選挙の当選の効力に関する異議に対し、同町選挙管理委員会がなした決定を取消し、右選挙における原告の当選を無効とする。旨の裁決を取消す」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は昭和三八年四月三〇日施行の熊本県球磨郡免田町議会議員一般選挙(以下本件選挙という)における選挙会は、候補者原告の得票を一一七票として最下位当選者と判定し、候補者本田憲男のそれを一一六票として次点、落選人と判定したところ、選挙人桑山熊喜および候補者本田憲男は、同選挙会が「木田」なる投票は、「候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該当し、また、「。本ンダ」なる投票は、いわゆる他事記載投票に該当するものとしていずれも無効投票と判定したのを不服とし、右二票はいずれも候補者本田憲男に対する有効投票なりと主張して同年五月一三日免田町選挙管理委員会に対し、原告の当選の効力に関する異議の申立をしたところ、同委員会は、同年同月一七日異議申立を理由なしとして棄却する旨の決定をなした。

(二)  桑山熊喜、本田憲男は右決定に不服で同年同月二三日被告熊本県選挙管理委員会に対して審査の申立をなしたところ、同被告は、同年九月二一日右申立を理由ありとし、請求の趣旨に記載した如く、原告の当選を無効とする。との裁決をなし、同裁決書は、同年同月二八日原告に送達された。

しかるに、原裁決は、免田町選挙管理委員会が候補者本田憲男に対する投票の効力につき、無効と判断した「木田」および「。本ンダ」と記載した投票計二票を同候補に対する有効投票と判定しているがその理由の要旨は次のとおりである。

(1)  「木田」と記載の投票について。

免田町選挙管理委員会は、本件選挙において別に木場田清盛が立候補していたことから、「木田」なる投票は候補者本田憲男の「本」の字中の一画を書き落したものか、あるいは、「木場田」の「場」を一字遺脱したものか不明であり、結局候補者中の何人を記載したかを確認し難いもの、として無効と判断しているが、候補者制度をとつている現行法の下では、選挙人は一人の候補者に対して投票する意思をもつてその氏名を記載するものと解すべきであり、従つて、投票の効力の判定にあたつては、公職選挙法六八条の規定に反しない限り、その投票は、記載された氏名が正確を欠いでも、選挙人の意思を尊重し、記載された文字の全体的考察によつてこれを最も近似した氏名の候補者に投票されたものとしてできる限り有効なものとして取扱わなければならないことは、同法六七条後段の趣旨からも明かであるところ、(イ)前記「木田」なる投票の記載は、その文字が投票用紙の候補者氏名欄のやや中央上辺に接近して書かれ、記載の二文字の大きさ、配置からみて、字間に他の漢字を入れる余地があるとは認め難く、また、他の文字を書こうとした痕跡も見当らない。従つて、「木場田」と書く意思を有しながら、「場」という字を書き得ずして「木田」と記載したものと推定するには相当の無理を生ずること、(ロ)一般に文字を記載するに当りわざわざ不要の点画を付することは異常であるが、付すべき点画を遺脱することは稀でなく、かつ、「木」と「本」とはその字体において見誤り易い類似性がある。(ハ)「木田」を「本田」又は「木場田」の誤記として比較検討するときは、単にその氏の一字中の一画を遺脱したものと、氏の中の一字を脱落したものとではその誤記の程度に大きな開きがあり、本件の場合「本」の字の一画を遺脱したものと認めるのがより一般的である。

(2)  「。本ンダ」と記載の投票について。

(イ)この投票は、稚拙な文字で漢字と片仮名を混合して記載されているが、「。本」の下に「ンダ」と書かれているところからみて、当該選挙人は、漢字の「本」と片仮名の「ホ」を混同して書いたものと推定され、また「本」の右肩に付された「。」はその位置形状からみて半濁音の場合に付する「。」に相当するところから、おそらく「ポ」と書くべくして誤つて「。本」と書いたものと想像される。しかして、免田町には帰化手続によつて日本国籍を取得したいわゆる帰化朝鮮人が在住し、本件選挙に投票しているがこれらの者は日常語頭の「ホ」を「ポ」と発言しており、歯科医師である候補者本田憲男を常に「ポンダ先生」あるいは「ポンダさん」と呼称している事実が認められる。ところで、一般に日常用いている自己の発音あるいは訛りなどを誤つてそのまま文字に表わす例は少からず見受けられるものでありこの投票についても、日常文字を書き馴れない当該選挙人が投票所内における緊張感から平素の発音通りそのまま文字に表わしたものと推定され、従つて「。本ンダ」は「ホ」の誤記と認めるべきである。

以上により「木田」および「。本ンダ」なる二票は、候補者本田憲男の有効投票と判定すべきものである。

(三)  しかし、右の裁決理由はとうてい納得し難く、原裁決は判断を誤つており取消を免れないものと思料するので、以下にその理由を陳述する。

(1)  「木田」と記載の投票の効力について。

(イ)  原裁決は有右投票が「木場田」の「場」を書き落したとするには、「木」と「田」との間に「場」の字を入れるにつき相当の間隔がなければならないとしているが、相当の間隔をあけている場合は、意識して間隔をあけているものと認むべきであるから、その間に記載洩れはない、とみるのが至当であり、字を詰めて間隔のないものこそ記載洩れがあつた、と認むべきである。なお、原裁決は、「場」なる漢字のみを考えているようであるが、「場」は「ば」「バ」などの仮名で表示しても差支ないのであるから、原裁決は、「木場田」の「場」の記載洩れがあつたか否かを判断するにつき、仮名文字の間隔について思いを至さない審理不尽があるというのほかはない。

(ロ)  原裁決は「木田」なる投票は、「本田」の「本」の字の一画の記載を遺脱したものと認めるのが字画の記載洩れの程度からみても、より一般的である。としているが、日本においては、「本」の字を使用した地名、品名、姓名等がとくに多いことは、国民の日常見聞するところであり、しかも、漢字としては、字画も簡単でとくに書き易い文字の部類に属しているのであるから、選挙人において「本」を「木」と書き誤るというが如きことは一般経験則からとうてい首肯し難いことであるのに反し、「場」なる字は字画が多く比較的書き難い文字であると共に日常見馴れない文字であるから、選挙人において「木場田」と記載すべきを「場」なる字が難しい為これを省略し「木田」と記載して投票したと認めるのが至当である。また本件の如く「木田」と相当達筆でしかも、漢字のみで記載した選挙人が片仮名の「ホ」を書くことは想像されず「木」という漢字を記載したものと認めるのが相当である。その他原裁決が「木田」と記載した投票を候補者本田憲男に対する有効投票と判定した理由はいずれも首肯し難くその認定判断に誤りがある。要するに投票の効力判定の基準は、投票の記載自体により選挙人の意思を判断してできる限り有効投票とすべきであるが、原裁決は想像を逞しうしてこの範囲を超え「木田」なる投票を候補者本田憲男の有効投票と判断したものというに妨げない。

(2)  「。本ンダ」と記載の投票の効力について。

(イ)問題の投票は漢字の「本」に「。」を付したものであるが、前記の如く「本」なる漢字は、使用頻度高く、国民の誰もが常に見ているのに反し、片仮名の使用頻度は非常に低いのが一般であるから原裁決の言う如く選挙人が稀にしか使用しない片仮名の「ホ」の字を書くつもりで漢字の「本」の字を記載するなどということは、とうてい考えられない。(ロ)原裁決の説示する如く歯科医師である候補者本田憲男が選挙人から「ポンダ先生」あるいは、「ポンダさん」と呼ばれていたとするならばこれらの者は、本田方に治療もしくは、所用の為出入りしていたとみるべきであるから、本田憲男の本田歯科なる看板を常に見ている筈である。してみると、「本」なる漢字は却つて「ホ」なる片仮名より熟知していたと考えられるので、「ホ」を「本」と誤記するとは考えられない。(ハ)憲法および公職選挙法は投票の秘密保持の原則を確立しているので、これに反する投票は無効とされる。公職選挙法六八条が投票無効原因の一としていわゆる「他事記載」と掲げているのも投票用紙に他事を記載し著しい個性を持たせることによる投票の秘密の破壊を防止する趣旨にいでたものと解すべきである。ところで本件において「。本ンダ」なる投票の効力の判断に際しては「。本」なる字が投票者を知らせる為の手段であるか否かの事実を特定の選挙人(本件の場合帰化朝鮮人)について審査し得るのか、それとも、投票自体についてのみ審査し得るかが問題であるが、特定の選挙人に対して何人に投票したかを陳述せしめることは、投票の秘密保持の原則違反となり許されないのであるから、原裁決の如く本件について帰化朝鮮人が候補者本田憲男に対し「。本ンダ」と記載して投票したと推測することは違法である。されば特定の投票が投票の秘密保持の原則にてい触するか否かは、結局投票自体から判断すべきであり、最高裁判所および高等裁判所の判例も同旨の見解を示している。本件についてこれをみるに「本」に「。」を付して「。本」としたことはいわゆる意識的な他事記載によつて特定の選挙人が特定の候補者に投票したことを推測せしめるものであるから、「。本ンダ」なる投票は無効とすべきである。

以上(1)(2)により「木田」および「。本ンダ」なる投票は候補者本田憲男に対する投票として有効とすることはできない。のみならず本件選挙における選挙会が同候補に対する有効投票と判定した投票中には別に「ポンダ」なる投票一票があるが、これも右(2)と同一の理由により無効投票と認めざるを得ない。してみると、候補者本田憲男の有効投票得票数は一一五票となり原告のそれは一一七票であつて原告の得票は本田候補を上廻ることは明らかである。仮りに右無効投票のうち、二票を無効としても原告と本田候補は同一得票数となり公職選挙法九五条により抽せんとすべきであるからいずれにしても原告の当選を無効とした原裁決は違法である。よつて、その取消を求める為本訴に及ぶと陳述した。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、「主文第一項同旨」の判決を求め、答弁として原告主張の(一)(二)の事実および本件選挙における選挙会が候補者本田憲男の有効投票と判定した投票中に原告主張の「ポンダ」なる投票一票が存在することは認めるが、その余の主張事実は否認する。原告は「木田」「。本ンダ」「ポンダ」なる各投票をいずれも候補者本田憲男に対する無効投票とすべきである。と主張するが右主張は理由がなく、以下にこの点に関する被告の見解を述べることとする。

(1)  「木田」と記載の投票について。

凡そ、投票は原告主張の如く投票の記載自体から特定の候補者に投票しようとする選挙人の意思が判断できる場合には、できる限り有効とすべきである。よつて、被告は右の解釈基準により「木田」なる投票の効力について検討した結果これを候補者本田憲男に対する有効投票と認定したもので、その理由の要旨は、原告の引用するとおりである。

(2)  「。本ンダ」と記載の投票について。

選挙の投票において候補者の姓に異常かつ不必要に付された「。」等の符号が一般的にみていわゆる有意の他事記載とされる場合が多いことは、これを認めざるをえないが、本件選挙における候補者本田憲男に対しては、その選挙区内に発音表現共に不完全かつ不得手な韓国人およびその家族が多数在住し、平素これらの者が本田候補者と親交があるので、同候補を「ポンダ先生」又は「ポンダさん」と呼び日本人の中にもこれを真似て愛称する者があり、右韓国人の中には戦後帰化して日本国籍を取得し、本件選挙においても数名が投票したことなどが調査の結果明らかとなつたので、かかる特別の環境下にある選挙人が侮べつの意味でなく、一種の愛称の表現としてポンダと記載したものとみるべきである。けだし、後述の(3)のとおり、原告の選任した立会人を含む多数の立会人等によつて「ポンダ」と記載の投票を有効と認定し、異議申出は一人もなかつた、という選挙会の実情は明らかに同地方における前述の特殊事情を容認したものであり、一般論によつて判断すべきものではないからである。而して、その理由の詳細は原告がこの点に関する原裁決の理由として引用するとおりである。なお、原告は、被告が右裁決において投票の秘密保持の原則を犯した、と主張するけれども右主張は余りにも形式的かつ皮相の論議であり、とうてい左袒することはできない。原裁決は決して、特定有権者の投票であることを認定してはいないのであるから、投票の秘密保持の原則に触れるものでないことは、きわめて明らかである。

(3)  「ポンダ」と記載の投票について。

右投票は、本件選挙の選挙会において原告の選任した立会人を含む多数の立会人の出席の下に候補者本田憲男に対する有効投票と決定したものであるから、このことは、前叙のとおり本田候補が選挙人からポンダ先生又は、ポンダさんと愛称されていた事実を容認した証左というべきである。けだし、選挙会においては、立会人等は、自己を選任した候補者の利益の為、投票の有効無効を主張し、相当激しい論争が展開されることは一般公知の事実であるのに右投票については、異議申立が全然なく、全立会人一致で有効と認定しているからである。と述べた。

(証拠省略)

理由

本件選挙における選挙会は候補者原告の得票を一一七票、候補者本田憲男のそれを一一六票と判定し、原告を最下位当選者本田憲男を次点として落選人と判定したこと、選挙人桑山熊喜及び候補者本田憲男は、その後原告主張の理由をもつて原告の当選の効力に不服を唱え免田町選挙管理委員会に異議申立をなしたところ、同委員会は異議申立を理由なし、として棄却する決定をなしたこと、同人等はさらに右決定を不服として被告熊本県選挙管理委員会に対し、審査の申立をなしたところ、昭和三八年九月二一日右申立を理由あり、とし、請求の趣旨に記載した如く、さきに免田町選挙管理委員会のなした決定を取消し、原告の当選を無効とする。との裁決をなし、右裁決書は同年同月二八日原告に送達されたこと、右裁決は原告主張の理由(要旨)をもつて免田町選挙管理委員会が無効投票と判定した「木田」および「。本ンダ」なる投票計二票を本田候補に対する有効投票と判定したことは当事者間に争のないところである。

よつて、原告主張の事実につき逐次判断を加える。

原裁決がとくに本田候補の有効投票と判定した原告主張の投票二票(「木田」および「。本ンダ」なる各投票)並に本件選挙における選挙会が同候補の有効投票と判定したが原裁決も判断を示さなかつた原告主張の投票一票(「ポンダ」なる投票)が存することは検証の結果に徴して明かである。

(一)まず、原裁決が本田候補の有効投票と認めた「木田」と記載の投票の効力について。

一般に投票の効力の判定にあたつては、公職選挙法六七条後段の趣旨にかんがみ選挙人の意思が投票の記載から判断できる以上、能う限りその投票を有効とすべきである。そして、当該の投票に記載せられた氏名と同一の候補者がない場合でも投票記載の氏名と各候補者の氏名とを照し合わせて諸般の情況から、これと類似又は近似するある候補者を表示するものと認められるときは、その者の有効投票とするのが相当である。これを本件についてみるに成立に争のない乙第一号証の記載に弁論の全趣旨を綜合すれば、本件選挙において「木田」なる姓の候補者は存在しないが、右の姓に近い候補者として本田憲男および木場田清盛の両名が立候補していた事実を肯認し得るので、本件の争点は、「木田」と投票の記載をもつて両候補のいずれを表示した有効投票と認むべきかの判断にある。

しかるに(1)検証の結果によると、係争の「木田」なる投票はその文字が投票用紙の候補者氏名欄のやや上辺に接近し、稚拙な運筆でたどたどしく書かれており、その運筆および文字の状態からみて平素比較的文字を書くことに親しまない選挙人の執筆と推定されるところ、かかる選挙人は投票所内における緊張感などから、往々、付すべき点画を遺脱し、誤字を記載することがあるのは稀でないこと、(2)「木田」なる投票を「本田」または「木場田」の誤記として比較検討すると、前者ならば単に一字中の一画を遺脱したに止るのに、後者は氏の中の一字を遺脱したこととなるが、係争の投票をなした選挙人を前段に認定した如く、平素文字を書くことに親しまない選挙人と推定するならば、誤記の程度からみてむしろ「木田」は「本田」の誤記と認めるのが素直である。(3)文字の類似性よりすれば「木田」は「木場田」よりも「本田」に近似する事実を無視し得ないこと、以上の各事情から判断すれば、原裁決の説示するとおり、係争の「木田」と記載の投票は、平素比較的文字を書くことに親しまない選挙人が「本田」と書く意思で「本」の字中の一画を遺脱し「木田」と記載したものと認めるのが相当である。これに反する原告の所論は独自の見解で採用することができない。とくに原告は、本件の場合は、選挙人が「木場田」の「場」の一字が難しい為これを省略し、「木田」と記載したものと認めるのが相当である。と主張するけれども「場」なる漢字を書き得ない選挙人ならば、これに代えて「ば」あるいは「バ」の仮名文字を記載すれば足り、一般にそれは可能とみてよいであろうから右主張は理由がないものと考える。

(二)原裁決が本田候補の有効投票と認めた「。本ンダ」と記載の投票の効力について。

(1)本投票の三字は稚拙な文字で漢字と片仮名を混用して記載されているが「。本」の下に「ンダ」と書かれているところからみて漢字の「本」と片仮名の「ホ」を混同して書いたものと推定され、また「本」の右肩に付された「。」はその位置形状からみて半濁音のそれと認められるから「。本」なる一字は片仮名の「ポ」の誤記と認めるのが相当であり、かつ、後記認定事実を参酌すれば「。本」の右肩に付された「。」も有意の他事記載とは認められない。而して、証人本田憲男、同笹田一見、同小笹忠雄、同坂本亀喜、同福山孝一郎の各証言を綜合すると、候補者本田憲男は、昭和一二年以来本件選挙の施行された免田町において歯科医院を開業し、既に同町町会議員を二期勤めた人物であり、交遊範囲も広くいわゆる飲み仲間も多いのであるが、恬淡な性格で宴席等でも威勢よく発言し、俗にいう「ポンポン言う人」と評されていた為、いつとなく、これらの飲み仲間を中心とするある範囲の選挙人の間で「本田」の姓と結びつけて同人を「ポンダ先生」又は「ポンダさん」と愛称していた事実が認められる。証人宮本元一、同山本秀吉、同坂本親史、同徳田事趙元模の各証言中右認定にてい触する部分は信用し難く、他に右認定を左右し得る証左はない。(2)後に触れるとおり本件選挙における選挙会が原告主張の「ポンダ」なる投票一票を候補者本田憲男に対する有効投票と決定していること、右(1)(2)の各事情を参酌すれば、係争の「。本ンダ」なる投票一票は本田候補を侮べつし或いは揶揄した不真面目な投票ではなく、同候補に対して投票する意思で一種の愛称の表現として「ポンダ」と記載するつもりで「。本ンダ」と記載したものと認めるのが相当であるから、原裁決の判断と同じくこれを同候補に対する有効投票となすべきである。尤も、原裁決は、原告の主張する如く、帰化朝鮮人が本田候補を「ポンダ先生」あるいは「ポンダさん」と愛称し、これらの者が同候補に対し、「ポンダ」と記載して投票したかの如く推測した部分があり、それ自体投票の秘密保持の原則に触れるものでないことは被告の主張するとおりであるが、同候補を右の如く愛称した者を帰化朝鮮人に限定するかの如き認定部分は失当というのほかない。しかし、原裁決は結局本田候補がある範囲の選挙人の間で右のように愛称されていた、との事実を認定し、この事実を参酌して係争の投票を同候補に対する有効投票と判定したのであるから、前記認定の誤りは原裁決の違法をきたすものではない。その他この点に関する原裁決の認定判断を攻撃する原告の主張は以上の認定によりすべて理由なきに帰する。

(三)原裁決が投票の効力につき判断を示さず、本件選挙会が本田候補の有効投票と判定した「ポ〈記号省略〉ンダ」なる投票一票の効力について。

右投票のうち、「ポ」と「ン」の字間の「〈記号省略〉」はその記載自体から誤記の抹消と認むべきであるから、この投票は結局「ポンダ」なる記載としてその効力を判断すべきところ、検証の結果並に弁論の全趣旨によると、右投票は本件選挙会において、本田候補に対する有効投票と決定した事実を認め得るので、右事実並に前段に認定した本田候補が或る範囲の選挙人から「ポンダ先生」あるいは「ポンダさん」と愛称されていた事実を参酌して考察すると、本投票も前段の「ポンダ」なる投票と同様、本田候補に対する有効投票と判定すべきである。この投票も「。本ンダ」なる投票と同様の理由で無効投票とすべきである、との原告の主張は、以上の説示により採用の限りでない。

(四)以上の説示によれば、原告主張の投票三票はいずれも候補者本田憲男に対する有効投票とすべきであるから、同候補の得票は一一八票となり、原告の得票数一一七票を超えることとなるので、原裁決は正当であつて、その取消を求める原告の本訴請求は理由がない。よつてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 高次三吉 木本楢雄 松田冨士也)

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